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技術レポート

CO2回収用アミン水溶液中のニトロソアミン類の一斉分析

2024年7月2日~7月5日、JMSアステールプラザ(広島県)にて、『第3回環境化学物質合同大会(第32回環境化学討論会/第28回日本環境毒性学会研究発表会)』が開催されました。
本技術レポートは、上記大会で発表した内容に一部加筆したものです。

TR-001

CO2回収用アミン水溶液中のニトロソアミン類の一斉分析

環境事業本部 本部環境技術センター
佐多平 恒成,山田 奈瑠実
1.

はじめに

近年、地球温暖化に起因する気候変動の影響が世界各地で顕在化しており、異常気象の頻発や海面上昇、生態系の変化など、社会経済活動や人々の生活に深刻な影響を与え始めている。このような状況を受けて、温室効果ガスの排出を全体として実質ゼロとする「カーボンニュートラル」の実現が、国際的な最重要課題として位置づけられている。特に、主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO₂)の排出削減は急務であり、火力発電所や製造業などの産業分野におけるCO₂排出源への対策として、分離・回収技術の導入が進められている。

アミン水溶液を用いた化学吸収法によるCO₂分離回収技術は、高い選択性と回収効率、運転の柔軟性などの点で実用性が高く、既存設備への適用もしやすいことから、世界的に広く研究・導入が進められている。しかしながら、このプロセスにおいて使用されるアミン水溶液は、長期間の運転により排ガス中の窒素酸化物(NOx)と反応し、副生成物としてニトロソアミン類を生成することが報告されている ¹)。ニトロソアミン類の多くは強い発がん性を有することが示唆されており、生成されたニトロソアミン類がプロセス水とともに系外へ放出されると、生態系および人体健康に悪影響を及ぼすリスクが懸念される。そのため、CO₂回収プロセスの安全性および環境負荷の観点から、アミン水溶液中のニトロソアミン類の濃度を適切に把握・管理することが求められる。

しかし、実際のアミン水溶液には主成分であるアミン類(例:モノエタノールアミン、ジエタノールアミンなど)が数十wt%含有しており、そのような高濃度アミンを含む複雑なマトリクス中から、ppbレベル以下の微量なニトロソアミン類を高精度に定量することは極めて困難である。また、アミン類自体が分析機器に与える影響、たとえばカラムの劣化や検出系の汚染といった問題も無視できず、直接分析による定量には限界がある。このような課題に対応するためには、アミン水溶液中からニトロソアミン類を選択的かつ効率的に抽出・濃縮し、その後に高感度・高選択性な分析手法を適用することで、信頼性の高い測定が可能となる。 本報告では、模擬的に調製したアミン水溶液を用いて、ニトロソアミン類の定量分析手法を検討した結果について報告する。特に、主成分であるアミン類の存在下でも妨害を受けず、ニトロソアミン類を正確に検出可能とする抽出条件および分析条件の最適化に焦点を当て、その有効性を評価した。

2.

実験方法

2.1.

試薬及び材料試薬

分析対象としたニトロソアミン類は、CO₂分離回収用アミン水溶液とNOxとの反応によって生成する可能性がある化合物に加え、環境省による要調査項目およびEPA Method 521に規定された化合物を参考に選定した。対象化合物としては、N-ニトロソジメチルアミン(NDMA:富士フィルム和光純薬)、N-ニトロソジエチルアミン(NDEA:富士フィルム和光純薬)、N-ニトロソエチルイソプロピルアミン(NEIPA:富士フィルム和光純薬)、N-ニトロソジイソプロピルアミン(NDIPA:富士フィルム和光純薬)、N-ニトロソジプロピルアミン(NDPA:富士フィルム和光純薬)、N-ニトロソジブチルアミン(NDBA:富士フィルム和光純薬)、N-ニトロソジエタノールアミン(NDELA:東京化成工業)、N-ニトロソピロリジン(NPYR:富士フィルム和光純薬)、N-ニトロソモルホリン(NMOR:富士フィルム和光純薬) 、N-ニトロソピペラジン(NPZ:Toronto Research Chemicals) 、1,4-ジニトロソピペラジン(DNPZ:Toronto Research Chemicals)、N-ニトロソメチルフェニルアミン(NMPA:富士フィルム和光純薬)及びN-ニトロソジフェニルアミン(NDPhA:富士フィルム和光純薬)の13成分とした。各標準原体をアセトン(富士フィルム和光純薬, 特級)に溶解させ、順次アセトンで希釈を行い、各分析対象化合物の濃度が、10 ng/µLの混合標準液を作成し、褐色瓶で冷暗所に保存した。検量線は、この混合標準液を順次希釈し、0.001~5 ng/µLの範囲で5段階以上の検量線が確保できるように調製した。

模擬アミン水溶液として、CO2分離回収用アミン水溶液として一般的に用いられる、モノエタノールアミン(MEA, 富士フィルム和光純薬, 特級)、メチルジエタノールアミン(MDEA, 富士フィルム和光純薬, 特級)、2-アミノ-2-メチル-1-プロパノール(AMP, 富士フィルム和光純薬, 特級)、ピペラジン(PZ, 富士フィルム和光純薬, 特級)をそれぞれ超純水に溶解し、所定の濃度になるように調製した。

有機溶媒は、ジクロロメタン(関東化学、ダイオキシン類分析用)、メタノール(富士フィルム和光純薬, LC/MS用)を使用した。塩酸(富士フィルム和光純薬, 特級)、ギ酸(富士フィルム和光純薬, LC/MS用)、25%アンモニア水溶液(富士フィルム和光純薬, 特級)、ポリエチレングリコール300(PEG 300:富士フィルム和光純薬, 特級)を試薬として使用した。

固相カラムには、Oasis WAX(WAX, Waters)、Sep-pak AC-2(AC-2, Waters)、Bond Elut C18(C18, Agilent), Sep-Pak PS-2(PS-2, Waters)を用いた。

2.2.

ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)

ニトロソアミン類の分析は、GC-MS(Agilent製, 8890 GC system, 5977C GC/MSD)を使用した。測定条件は、以下のとおりであり、検量線用標準溶液0.5 µg/mLを測定した結果を 図-1に示す。

カラム:Agilent製 CP-Volamine ( 30 m×0.32 mm)
カラム温度:40 ℃(1min) → 20 ℃/min → 100 ℃ → 10 ℃/min → 265 ℃
キャリアガス:He 3.7 mL/min
イオン源温度:250 ℃
イオン化法:EI(70 eV)
注入口温度:300 ℃
注入量:2 µL(スプリットレス)
トランスファーライン温度:250 ℃
測定モード:SIM

※1, 2:GCの注入口で完全に分解されるため、NMPAはN-メチルアニリン、NDPhAはジフェニルアミンとして評価した
〈図-1〉検量線用標準溶液を測定したトータルイオンクロマトグラム(濃度:0.5 ng/µL)
2.3.

ジクロロメタン液液抽出

水質試料を 100 mL分液ロートに分取し、塩化ナトリウム5 g を添加、溶解した後、ジクロロメタン50 mL を加えて10 分間振とう抽出した。静置後、下層のジクロロメタンを、無水硫酸ナトリウムを入れたロートを通過させて脱水し、200 mL ナスフラスコに受けた。分液ロートに残った水層に、新たにジクロロメタン50 mLを加えて10 分間振とうし、下層のジクロロメタンを先のロートを通過させて脱水し、先のナスフラスコに受けた。ロータリーエバポレーターで5 mL 程度まで濃縮した。濃縮液を10 mL ガラス製試験管に移し、0.5 mg/mL PEG300 50μL を添加後、窒素気流下で1 mLまで濃縮して検液とした。

2.4.

固相抽出法

水質試料を、あらかじめジクロロメタン10 mL、アセトン10 mL、精製水20 mL の順にコンディショニングしたOasis MCXを上段に、Sep-Pak AC-2を下段として連結し、15 mL/min 程度で通水した。通水後、連結していた固相カラムを分離した後、それぞれを0.1 M塩酸50 mLと精製水20 mL で洗浄した。固相カラムに窒素気流を通気し、遠心分離により乾燥した。乾燥後、再度固相カラムを連結して、ジクロロメタン10 mL 及び1%アンモニア含有メタノール(1% NH4OH-MeOH)10 mLでそれぞれ溶出し、窒素気流化で濃縮した。濃縮液に、0.5 mg/mL PEG300 50µL を添加後、窒素気流下で1 mLまで濃縮して検液とした。

2.5.

抽出方法の検討方法

模擬試料の分析に先立ち、抽出方法の検討を行った。超純水に前処理後の最終検液中濃度で1.0 ng/µLとなるようにニトロソアミン溶液を添加した溶液(以下、「試験溶液」)を用いて、試験溶液からのニトロソアミン類の抽出が可能かどうか確認した。

抽出方法は、要調査項目マニュアル 2)を参考とした、ジクロロメタンによる液液抽出及び、EPA method 521 3)を参考とした、固相抽出法を検討した。固相抽出法の検討においては、4種類の固相カラム(MCX, AC-2, C18, PS-2)を用いた。
評価は、超純水に添加したニトロソアミン類の回収率によって行った。

2.6.

模擬水溶液の添加回収試験

30 wt% MEA溶液、10 wt% AMP溶液、10wt% DMEA溶液及び10 wt% PZ溶液に、ニトロソアミン溶液を前処理後の最終検液中濃度で1.0 ng/µLとなるように添加して、模擬溶液を作成した。

この模擬溶液から、ニトロソアミン類を抽出し、その回収率によって検討した抽出方法の妥当性を評価した。

3.

結果と考察

3.1.

ジクロロメタン液液抽出によるニトロソアミンの抽出

〈図-2〉 に、ジクロロメタンを用いた液液抽出による試験溶液からのニトロソアミン類の回収率を示した。本研究では、ニトロソアミン類の添加濃度を最終検液中の濃度で1 ng/µLに設定した。このため、得られた測定濃度(ng/µL)に100を乗ずることで、各化合物の回収率(%)として算出される。

ジクロロメタンによる液液抽出では、対象とした13成分のニトロソアミンのうち、NPZ及びNDELAを除く11成分のアミンについて、おおむね良好な回収率が得られた。

比較的水溶性の高いNPZ及びNDELAは、ジクロロメタンでは抽出されなかった。そのため、NPZ及びNDELAを抽出可能な条件を検討するため、固相抽出法を試みた。

〈図-2〉ジクロロメタン液液抽出による ニトロソアミンの抽出
3.2.

固相抽出方法における溶出溶媒の検討

固相カラムに吸着したニトロソアミンの溶出させる最適な溶出溶媒を検討するために、試験溶液を固相カラムに通水し、ニトロソアミンを吸着させた。この固相カラムからニトロソアミンを溶出させる溶媒の検討には、ジクロロメタン、0.1%ギ酸含有MeOH溶液(0.1% FA-MeOH)及び1% NH4OH-MeOHを用いた。

〈図-3〉~〈図-5〉 に、それぞれ、ジクロロメタン、0.1% FA-MeOH及び1% NH4OH-MeOHによる固相カラムからのニトロソアミンの回収率を示した。

ジクロロメタンを用いて溶出させた場合、固相カラムにAC-2を用いると、回収率80~110%の間で10成分のニトロソアミンを回収することができた。AC-2では回収が困難であったNMPAは、他の3種類の固相カラムで回収可能であり、NPZは、回収率が40%程度であったがPS-2によって回収が可能であった。NDELAは、検討した4種類の固相カラムにおいてジクロロメタンでは、溶出されなかった。NDMAは、固相カラムとしてAC-2、抽出溶媒としてジクロロメタンを用いることによってのみ回収することができた。

0.1%FA-MeOHを用いて溶出させた場合、4種類の固相カラムすべてで、ジクロロメタンと同様の溶出傾向を示した。一方で、0.1%FA-MeOHはジクロロメタンと比較して、比較的回収率が悪かった。しかし、Sep-Pak AC-2において、ジクロロメタンでは溶出できなかった、NDELAが溶出され、80%程度の回収が可能であった。

1% NH4OH-MeOHを用いて溶出させた場合、固相カラムとしてMCXを用いることで、NPZを含む7成分のニトロソアミンが、回収率70%~120%の間で回収可能であった。また、NDELAは、溶出溶媒を0.1%FA-MeOHを用いた場合と同様に、AC-2において80%程度の回収が可能であった。

〈図-3〉ジクロロメタンによる固相カラムからの ニトロソアミンの溶出
〈図-4〉0.1% FA-MeOHによる固相カラムからの ニトロソアミンの溶出
〈図-5〉1% NH4OH-MeOHによる固相カラムからの ニトロソアミンの溶出

以上の結果から、固相カラムとしてAC-2及びMCXを、溶出溶媒としてジクロロメタン及び1% NH4OH-MeOH を用いることで13成分のニトロソアミンを回収できることが分かった。

そのため、2種類の固相カラムと溶出溶媒を用いて、前処理を実施することにした。試験溶液を、上段にMCXを下段にAC-2を連結させた連結固相カラムに通液後、Fr.1でジクロロメタン及びFr.2で1% NH4OH-MeOHによる溶出し、13成分のニトロソアミンの回収率を確認した。その結果を〈図-6〉に示す。

固相カラムを連結し、2種類の溶出溶媒を用いることによって、13成分のニトロソアミンを70~120%の範囲内で回収することができた。

〈図-6〉連結固相カラムによるニトロソアミンの回収
3.3.

模擬アミン水溶液からのニトロソアミンの回収

30 wt% MEA溶液に、ニトロソアミンを前処理後の最終検液中濃度で1.0 ng/µLとなるように調製した、模擬MEA溶液を用いて、検討した前処理方法によりニトロソアミンが回収できるかどうか確認した。

模擬MEA溶液中からのニトロソアミンの回収結果を〈図-7〉に示した。すべてのニトロソアミンについて、回収率が70%以上の良好な試験結果であった。

また、模擬AMP溶液(10wt% APM)、模擬MDEA溶液(10wt% MDEA)及び模擬AMP溶液(10wt% PZ)中からのニトロソアミンの回収結果を〈図-8〉~〈図-10〉に示した。

〈図-7〉模擬MEA溶液中からのニトロソアミンの回収
〈図-8〉模擬AMP溶液中からのニトロソアミンの回収
〈図-9〉模模擬DMEA溶液中からのニトロソアミンの回収
〈図-10〉模擬PZ溶液中からのニトロソアミンの回収

模擬AMP溶液及び模擬MDEA溶液については、模擬MEA溶液と同様にすべてのニトロソアミンについて回収率が70%以上の良好な結果となった。一方で、模擬PZ溶液の場合は、NDELA、DNPZ、NDPhAの3成分のみが良好な回収率となった。

模擬PZ溶液(10wt%)の場合、主成分であるピペラジンが固相に優先的に吸着され、固相剤の吸着能力を超えたため、ニトロソアミンが吸着されなかったことが考えられる。そこで、5wt%の模擬PZ溶液を調製し、同様の試験を実施した。その結果を〈図-11〉に示した。模擬PZ溶液(5wt%)の場合、すべてのニトロソアミンについて、回収率が70%を超える良好な結果となった。

〈図-11〉模擬PZ溶液(5wt%)中からのニトロソアミンの回収

以上の結果から、主成分のアミンの種類、濃度によって、固相剤の容量を増やすなど固相カラムの吸着能力を高める、主成分のアミンを除去などの追加の措置が必要である。

また、本研究で検討した模擬アミン水溶液は、主成分アミンと13成分のニトロソアミンからなる溶液であり、CO2分離回収用に使用され劣化した実試料は、様々な夾雑物質が混在する溶液であることが予想される。今後は、ラボスケールの劣化試験装置を作成し、模擬アミン水溶液を劣化させた水溶液からのニトロソアミンの回収について検討を実施する予定である。

4.

まとめ

本研究では、模擬アミン水溶液からニトロソアミンを回収する方法について検討した。その結果、Oasis MCXを上段に、Sep-Pak AC-2を下段として連結し、ジクロロメタン10 mL 及び1% NH4OH-MeOH 10 mLでそれぞれ溶出することによって、13成分のニトロソアミンを抽出することが可能であることが分かった。

検討した前処理方法により、模擬MEA水溶液、模擬AMP水溶液、模擬DMEA水溶液及び模擬PZ水溶液中の13成分のニトロソアミンの抽出を試みたところ、回収率が70%を超える良好な結果となった。

一方で、主成分アミンの種類、濃度によっては、ニトロソアミンの回収率が低下する事例が確認できた。そのため、さらなる検討が必要である。

今後は、ラボスケールの劣化試験装置を作成し、劣化アミン水溶液中におけるニトロソアミンの抽出方法についても試験を実施する。

5.

参考文献

1)B. Foståsa, A. Gangstadb, B. Nensetera, S. Pedersena, M. Sjøvolla, A. L. Sørensena, 2011. Effects of NOx in the Flue Gas Degradation of MEA. Energy Procesia. 4, 1566-1573

2)環境庁, 要調査項目等調査マニュアル(水質、底質、水生生物), 2000

3)EPA, METHOD 521: DETERMINATION OF NITROSAMINES IN DRINKING WATER BY SOLID PHASE EXTRACTION AND CAPILLARY COLUMN GAS CHROMATOGRAPHY WITH LARGE VOLUME INJECTION AND CHEMICAL IONIZATION TANDEM MASS SPECTROMETRY (MS/MS), 2004